欲求は尽きない?

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潜在意識

皆さんこんにちは、ナチュラリストでございます。

私、辛いものが苦手でございますが、アラビアータは好きなんですね。たまーにどうしても、アラビアータが食べたくなり、休みの前の日などアラビアータを食べに行くのですが、スパゲッティの時もあれば、ペンネの時もあり、辛いのだけれど、幸せを感じる瞬間。汗が止まらなくなり、それでも、ついつい食べてしまうのですが、次の日になるとやはり、お尻が痛い…わかってはいたけれど、やめられない…。お尻の痛さに負けず、また食べに行くのでしょうね。そんなことってありますよね?これはおそらく、食欲というが肝になっているのではないでしょうか?

金欲というに突き動かされ、ルールを逸脱してしまったのが、某自動車会社の会長ですね。普段ほとんどテレビを見ない私ですが、この前にたまたま付けたTVで、某会長の行きつけの焼き鳥屋で某会長が普段何を食べているか、合計金額がいつも幾らぐらいで、結構庶民的‼なニュースがありましたが、

❛どうでもいい‼❜

というのが率直の感想でありますだからTVを見なくなるのですが…



さてさて、「欲」ですが、欲とは単なる意図であります。

・水飲みたいとか・お金欲しいとか・恋人が欲しいとか。

この意図に対して、「エゴちん」がざわつく訳です。「エゴちん」は過去の体験や思考から、その意図が実現しやすいか否かを判断していて、実現しにくいのであれば、それは「願望」に代わっていき、「不足」をセットにしてくる訳ですね。だから、水飲みたいという、実現しやすい意図は意図のままなので、取り下げたりしない→実現する。実現した実績から、また、水飲みたいと意図しても、実現する。つまり「当たり前」になっていく。そもそも意図したことすら忘れている→「執着の手放し」になり、願望になり得ないのですね。

意図する→「エゴちん」フィルター発動→実現しやすいか否かを過去から判断→振り分け

こんな構図ではないでしょか?この流れを理解していれば、「エゴちん」が騒いだ‼と認識できるわけです。ここも、ネガティブ思考と一緒でして、「エゴちん」のざわつきは無くなりません‼無くならないけれど、ざわついた事を認識出来れば、対応の仕方があるのです。

お金欲しいと思い続けた結果、どんなにお金を手に入れても、満足することなく、お金欲しいという思いがあり続けた結果、お金も何も失うことになってしまうのは悲しいですな。

以前、達人まとめサイトを読んでいる時にはっとさせられたコメントがあり、今回の騒動にぴったりな達人のコメントを思い出しました。達人「がっちゃん」のコメント

‘叶っていない’という名の旅は‘叶っていない’という道を歩き‘叶っていない’という宿に泊まり‘叶っていない’という思い出を作り’いや~今回も叶っていないね~たのしかったわ’という感想を言い幕を閉めます。

すべては「心の在り方」という事ですね。ではでは

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アラフォーナチュラリスト、願望達成への軌跡

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